2021/5/11

「イクメン」という言葉は、最近はあまり聞かなくなりましたが、流行りだした当初から、この言葉には議論もありました。

・・・・本来子どもに対する責任は、母親と父親に半分ずつ持っているもので、育児は母親が父親に手伝ってもらうものではない。

・・・・育児という親として当然のことをしている男性に、どうして特別な価値を与えるのか?

などなど。

今でも、子育ての全責任は母親にあるかのような社会的風潮がある日本では、母となった女性が就労に悩む実態があります。

一方で、子どもにとって、幼少期までの母子一体化がとても大切だという理解は、多くの人たちが、子として、親として実体感していることでしょう。

「父親が持つ子どもへの責任とは何か?」

「母親と子どもの一体化とは何か?」

このことを理解していると、子育てはとても楽になります。

そして、その理解のために、父子関係、母子関係以前に、夫と妻という、夫婦の関係性を理解する必要があります。

母子一体化

子どもたちは、誰もが母の子宮の中で育ち、胎盤から栄養を受け取って、この世に送り出されます。

母と胎児は、十月十日一体となって過ごします。

つまり、母=胎児の世界です。

生まれてからも、母の胸に抱かれて、母乳をもらったり、ミルクを与えられたりしながら、子どもたちは、少しずつ母との一体化を卒業し、外の世界へ自分を探しにいきます。

安心して、母子一体化を感じていられた子どもは、外の世界への旅立ちもスムーズで、自立も順調です。

ところが、母子一体化が十分に感じられていない子は、不安が大きく外の世界への旅立ちも遅れがちです。

「初期の社会」となる園や小学校で、我が子がうまくやっていくかどうかは、母親にとってみたら「子育て試験の結果」を突きつけられるようで、うまくいけばホッとするし、うまくいかなけば、自分自身を責めてしまうような事態にもなりかねません。

そうして焦った母親が、「ちゃんとしなさい!」「どうしてできないの?!」などと、不安がる子どもたちのお尻を叩いてしまうと、事態はさらに悪化して、子どもたちはむしろ家の外には出たがらなくなります。

この場合、大切なのは、子どもが何歳であっても、やり残してきた母子一体化を与え、子どもを安心させることです。

心理的な癒しにおいては、遅すぎることはありません。

安心できた子どもたちは、自分の足で、しっかりと社会へ入っていくことができるようになります。

この時期こそが、母子一体化の卒業という、自我の成長のための大切な通過儀礼です。

この通過儀礼は、自我を生きる人なら、誰もが何らかの形で通過している必要がありますが、通過できていない時、大人になった私たちは、母子一体化の狭い世界の中に閉じ込められて、身動きが取れなくなってしまいます。

母の眼鏡

誰もが、母子一体化から人生をスタートさせます。

そして、母の元を卒業する必要があります。

「愛されて安心できる感覚」とか「共感」という母性からもらったものはしっかりハートの中に持って、父性のエネルギーに導かれながら、「自分とは誰か?」という問いとともに、自我の輪郭をなぞっていく作業が、人の精神的成長であり、自我の確立です。

母の元からの卒業は、母を否定することでもあります。

この否定は、存在の否定ではなく、健全な孤独、つまり、一人あることを意味します。

ジョンブラッドショーが病んだ家族からの旅立ち―アダルトチルドレンの克服と回復を目指して」の中で言っているように、成長するということは、母子一体化から旅立ち、孤独になる道のりのことなのです。

ですが、否定できないほどに、母が、かわいそうで惨めな存在だったら?

母を否定できないほどに、自分自身が、寂しさや孤独を感じていたら?

私たちは、母の元を健全に立ち去ることができません。

そんな時、母の感情を自分の感情と誤解しながら、母の眼鏡を通して世界を見てしまうようになります。

そうして、《母の小さな子》を生きている時、いくつになっても私たちは、自分らしさを感じられず、もがき続けることになります。

母の見る世界を生きていた私

夫婦の関係は、子どもに大きな影響を与えます。

私も、その影響を多分に受けて育った子どもです。

難しいのは、その影響が、夫婦(親)が意識してない無意識のものまで含むという点です。

さらに、母親が、意識的、または無意識的に、子どもが外の世界に行かないように、へその緒を切らずにいるとした、どうすれば子どもの方から、硬くつながったままのへその緒を切ることができるというのでしょう。

《肥大化した母性》の前で、《大人になった子ども》の私たちは、やっぱり無力であるように感じます。

ですが、セラピーは、そんな無力な私たちに、力を与えてくれます。

香港で受けたファミリーコンステレーショントレーニングで、両親の夫婦関係に巻き込まれ、かわいそうな母を助けようとして、母のために父を憎んできた自分を見つけました。

30代前半で、あまりの生きづらさで飛び込んだインナーチャイルドワークで、父こそが私の苦しみの原因だと思ってきたけれど、実際には母との問題が根深かったと気がついてから、それまで意識されなかった私の母への葛藤はより表面化するようになりました。

そうして何年も経って、はるばる飛んだ香港という異国の地で、広東語で明らかにされた私と両親の秘密に、私は言葉も出ませんでした。

両親の間に挟まれて、身動きが取れなくなっている私の代理人の元に、本人である私が呼ばれ、ファシリテーターにこう指示を受けました。

「“お母さん、私の父を返してください。”と言いなさい」と。

怒りの涙が流れ、私は、震える声で母の代理人に言いました。

母は、私が10歳の頃から、自分の夫は加害者で、私たち母子は被害者であることを、堰を切ったように、私に向かって話すようなりました。

その後、私が家庭を持って30歳を超えても、その話は止みませんでした。

母からの「あなたの父は加害者だから、愛してはいけないのだ」という繰り返されるメッセージとともに、私は大好きだった父のことを、長年母に奪われてきたのだと理解しました。

すると、ファシリテーターは、言いました。

「怒らずに、泣かずに、平常心で、静かな声で言いなさい」と。

これは、わたしにとって、とても意味のある方向づけでした。

確かに過去の母の言動は残念なものでしたが、それは過去のことであり、終わったことです。

私が、まだ、母に怒りを向けているのだとしたら、傷ついた小さな子のままだということになります。

「お母さん、私の父を返してください。」という静かな表現は、つまり、「私は、一人の成熟した大人として、父の娘である自分を尊重し、父とまっすぐにつながり、愛することを選択します。」という、意識的なコミットメントをするトレーニングだったのです。

過去を過去にするために

思えば、私は自分自身のセラピーの途中から、母への怒りに苛まれてきました。

そして、この香港での体験が生じるまで、私からの一方的な抵抗によって、母との関係には距離が出来ていました。

ある観点から言えば、子ども時代に隠されてきた母への怒りがやっと出てきたとも言えますが、だからと言って、それは大人の私にとっては健全なものとは言えません。

過去に正当性を求めているうちは、やはり、いまここの自分は苦しいのです。

「中毒は、子どもが母親へ向ける復讐だ」と、ファミリーコンステレーションの創始者、バート・へリンガーが、この書籍「愛の法則―親しい関係での絆と均衡」で語っていますが、「お母さん、私の父を返してください」とは、まさに、中毒から脱却するための宣言でもあります。


確かに、私は、いくつかの中毒的行動に苛まれてもきましたし、母が持っていた男性へ向けられる怒りと同一化してきたことは、私を何度も性的トラウマの被害者としてきました。

また、具体性のない、男や社会という概念へ、激しく抑圧された怒りを向けることにもなりました。

先日ふと親子関係の問題を扱う番組を見ていたところ、ある専門家が「母子関係の問題の原因は、父が家から精神的に去って、母が孤立してることにある」と言っていました。

だとして、その歪んだ母子関係の中で育った子が男性の場合、やはり、愛する父を真似してその場を去っていくか、母に飲み込まれ続けるしかないでしょうし、女性の場合は、自分の母と同じように、孤独のまま、子を飲み込み続けるしかないのでしょう。

ディズニーピクサーの中では人気がないと言われている「メリダとおそろしの森」は、女性監督作品ですが、まさに肥大化した母性を超えていく娘の物語です。魔法によって、肥大化した母性の象徴である「熊」に変身してしまった母との絆を取り戻す主人公メリダ。この英タイトルが「Brave」(勇敢)であることには、納得するばかりですが、人気がないのは、多くの人が未だに肥大化した母性と一体化していたいからかもしれません。

また、日本語タイトルが「メリダとおそろしの森」だというのも意味深く感じます。

河合隼雄先生がいうように母性社会に生きる日本人にとって、いまだに「母」とは、迷い込んだら出られない「恐ろしの森」なのかもしれません。

無意識を意識化する

セラピーに飛び込むとき、私たちは、痛みに直面します。

それは、長年隠されてきた痛みで、小さな私たちは、その痛みに圧倒されてきました。

そうして、大人になってしまった私たちに必要なのは、まさにBrave(勇敢)であることです。

無意識にある隠された痛みを意識化することで、変えられなかった運命が、形を変えていく瞬間を目の当たりにするでしょう。

 

香港での最初の10日間のトレーニングから帰宅してから1週間ほど、私は、自宅のベッドで朝起きるたびに、びっくりして飛び起きていました。

というのも、朝起きる度に、自分が今どこにいて、今日が何日で、今何時で、自分が誰なのかわからないという衝撃を感じていたからです。

母を超えて、父とまっすぐつながることで、40数年間、母と一体化してきた歪んだ自我が、崩壊していたのだと思います。

1週間ほどその状態が続いていましたが、次第に、いつものように穏やかに目覚められるようになりました。

そして、それ以来、母との関係は、ぎくしゃくすることがなくなり、自然な感謝や自然な笑いが生まれる関係になりました。

もちろん、母が変わったわけではありません。

親は変えられないのです。

変わったのは私であり、それは、母のへその緒がやっと切れたことを意味していました。

SNSで見つけた東欧のアニメ作品。

アーティステックな描写の中に、日本では決して語られない痛みの本質を見ます。