川村法子

ハートエデュケーションセンター代表
インナーチャイルドワークセラピスト
ファミリーコンステレーションファシリテーター
エネルギーワーカー


女性性とセクシャリティの学び、タオイズム、心理系ワーク、ボディワーク、瞑想によって、気づきを深め、心と体の神秘について探求すること18年。

現在も学びを継続しながら、生活に瞑想を取り入れ、セラピスト、ティーチャーとして、また、一人の女性として、自分自身の在り方を磨き続けている。

これまでに手がけてきた約1万5千件の事案に共通するのは、すべての悩み&苦しみの根底に、インナーチャイルドの傷が存在しているということ。

虐待(身体的、精神的、性的、ネグレクト)のサバイバーのためのトラウマ療法、機能不全の家族のための家族療法は、自身のセラピーの軸となっていて、これまでに不登校、ひきこもり、心身症、アレルギーなどの身体の症状、依存症、DVや小児期の虐待(身体的、精神的、ネグレクト、性的)によるトラウマからの慢性的な心身の不調や不信感、孤立感、関係性の問題、お金や仕事の問題などを、解決へと導いてきた。

自身が3人の子を育てる母であるため、特に育児に関する悩み事全般、不登校の問題や子どもを取り巻く環境の問題、機能不全の家族の問題を扱うことを得意としている。

様々な心身症状や依存症からの回復は、むしろ、セッションやコースを継続する中で、突然生じるおまけのようなものだと常々感じている。

なぜなら、症状が終了する時、既に心が健康になっているからだ。

また、一対一のセラピーでは伝えきれないことがあると感じて、2016年から1年間のグループコース(HEベーシックコース)と個人コースを提供している。

また、2020年5月から、オンラインハートカレッジを創設し、オンラインで学ぶことのメリットを生かした講座を展開している。

「リアルライフを豊かで喜びにあふれたものに」をモットーに、その人にとって最善の変容を起こすサポートをするというミッションが、自身の人生も大きく変容させてきた。

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経歴

大学在学中に、インド(コルカタ)にあるマザーテレサの施設で、ボランティア活動に携わる。亡くなる2週間前のマザーと出会い、マザーに触れられた瞬間、生涯忘れられない体験をする。

上智大学外国語学部フランス語学科卒業後、音楽関連会社へ就職。激務による体調不良で入院。鬱やパニック障害なども併発し、退社。その後、ニール・ドナルド・ウォルシュ氏率いるHT JAPAN(ヒューマニティーズチーム・ジャパン)でのメールマガジンの翻訳活動に携わる。また、縁あって「アミ小さな宇宙人」の著者エンリケ・バリオス氏と直接メールでやり取りをし、バリオス氏のメッセージによって、心理の道を歩むことを心に決める。

出産直後の乳腺炎、産後うつ、娘の食物アレルギー、発達課題など、子育ての壁にぶつかる。自身の幼少期から度重なった性的トラウマ、機能不全家族に育ったことによる役割依存や孤独など、過去を振り返り、深く自分の内面を見つめながら、エネルギーヒーリング、ボディワーク、タオイズム、女性性ワーク、インナーチャイルドワーク、ファミリーコンステレーション、瞑想など、様々なセラピーやトレーニングで学びを深める。

2016年、インナーチャイルドワークとして、最初のコースをスタートし、2018年、ハートエデュケーションセンターと名称変更。家族の座(ファミリーコンステレーション)香港トレーニング with Yashoda 終了。

2020年から、コースを完全オンライン化し、2023年からEラーニングを導入。より広くトラウマについて学び、癒すことができる環境づくりに努めている。

マザーテレサとの思い出

大学2年の夏休みに、初めて行った憧れのインド。
コルカタのマザーテレサの施設で、ボランティア活動に参加しました。
それは、1997年9月5日、マザーが亡くなる日から、2週間前のことでした。

ある時、多くのスタッフの元に、マザーは車椅子で現れました。

マザーがこんなにおばあちゃんになっていたなんてと、
想像していたよりも、死に近い場所にあるマザーをみて、
私は少しだけショックを受けていました。

多くの人が、少しでもマザーに近づきたいと、駆け寄っていました。

私は、なんとかマザーの姿だけでも見えないかと、
少し遠慮気味に後ろの方に立ち、背伸びをしていました。

マザーは自由のきかない身体で、車椅子から手を伸ばしながら、
群集一人一人の頭を優しくなでていました。

そして、私以外の全員の頭をなで終わったようでした。

私は、まだ一人後ろに立ったまま、
マザーにかけよることができずにいました。

「マザーは私には気づいていないかもしれない」

「病気のマザーに負担をかけてしまうかもしれない」

と、私の中には、さまざまな思いが駆け巡っていました。

すると、マザーが私に向かって手招きしているように見えました。

まさか・・・と、私は戸惑い半分、期待半分で、おろおろしていました。

マザーの車椅子は、私たちより一段低い位置にあり
マザーと私たちの間には塀があって、
そこを行き来できる小さなドアから、
マザーは私たちへ手を差し出していたのです。

車椅子に乗った小さなマザーの身体では、
一段高い場所の小さなドアの隙間に群がっているたくさんの人々の
さらにその一番奥にいる私に気が付くのは大変なはずでした。

ですが、マザーは、しっかりと私を見てくれていたのでした。

突如、みんなの視線が私に集まり、
私は、みんなに背中を押されて、
マザーの前に進みました。

「good girl」と、優しくか細いおばあちゃんの声で、
そういいながら、
マザーは優しく私の頭をなでてくれました。

その瞬間、今まで体験したことのないような
溢れ出る感情とともに、
大粒の涙がこぼれてきました。

それまで誰にも存在を認めてもらえなかった
愛に飢えた小さな子供が、
初めて本当の愛にふれたかのようでした。

私は、小さな子羊そのものでした。

20年近くがたちますが、瞑想でも、セラピーでも実生活でも
あの時以上に泣いたことはないように思います。

「愛の反対は、無関心」とカトリックの女子校時代に繰り返しシスターに言われた言葉を、
私は身をもって体験しました。

私の心の大きな解放が生じたのは
マザーの手が、マスターの手だからだったと
今だから分かります。

帰国後、数日してマザーの訃報を知り、
私は、とてもショックを受けました。

ですが、私の心の中には、リアルにマザーが存在していました。

インドでのボランティア活動では自分の未熟さを知り、
それは人のためじゃなくて、自分のためだと気が付きました。

炎天下で汚物のついた洗濯物を洗いながら、
「不幸な人のために幸せな私が何かをしてあげている」
と感じていた自分のエゴに気がつき、
情けなくて、涙が出てきたこともありました。

おもちゃの宝石をつけた無邪気な老婆と、子供のように戯れながら、
ここでは、みんながマザーの子供であると感じました。

本当の自分を少しだけ体験できたこの記憶は、
一生忘れられないものです。

そして、この出来事は、私の活動の土台となっていることを、今改めて感じています。