サバイバーについて考える Vol.6 親と子の逆転

「おい皆の衆、きいたか?この男は自分の息子に何をして良いかわからんそうじゃ。一体全体お前さんは、この子の父親かね、それとも息子かね?」

「僕のイニシエーション体験〜男の子の魂が育つ時」マリドマ・P・ソメ


西アフリカの村で育ったこの本の著者であるマリドマ・P・ソメ氏は、4歳の時にフランス宣教師に連れ去られ、隔離された修道院で西洋人としての教育を受けて育ちます。

ですが、青年に成長したある時、とある事件をきっかけに、命からがら宣教師の元を逃げ出し、生まれ育った村へ戻ります。

村に戻った彼は、フランス語しか話せず、文字を使い、すっかり現代人のエゴに支配されていて、自然と共に暮らしていた部族時代のピュアな魂はすっかり彼の心から失われていました。

マリドマの危機を見抜いた長老たちは、彼に部族の成人男性になるための儀式を通過するよう言います。

そして、マリドマは、命を落とす危険性もあるその儀式を受けることを決断し、自分の魂との再結合の旅に出ます。

この本に収められている叡知は、アフリカという遠い国の理解しがたい部族社会の話ではなく、すべての人たちにとって共通する人間性と霊性に沿ったものです。

冒頭のセリフは、宣教師の元から逃げ戻ってきて、苦しみの中にあるマリドマに、「苦しむ息子に何をしていいのかわらかない。」と弱音を吐いたマリドマの父親に対して、一人の長老が言い放った厳しくも真実をつく言葉です。

「おい皆の衆、きいたか?この男は自分の息子に何をして良いかわからんそうじゃ。一体全体お前さんは、この子の父親かね、それとも息子かね?」

多くの親が、子に何をしていいのかわからないと感じ、距離をおいたり、事態を軽く扱ったりして対応します。

そんな時、子ども達は親から見捨てられたように感じますが、今度は見捨てられた不安を穴埋めするため、親を喜ばせようと立ち回るようになります。

助けが必要な子ども時代に、親から助けてもらうことができなかった子どもたちは、それなら親を助けることで親から愛をもらおうと戦略を使うようになるのです。

そして、親と子の本来の役割の逆転劇が始まります。

親子の逆転は、家系の中で連鎖し、子が無意識に親を助けていく不健全な構造が繰り返されます。

子に助けてもらおうとする親も、同じように自分の親を助けてきたので、それは正当な親子の愛として誤解されています。

これは、子が親に対して「世話をする人」、親が子に対して「世話をされる人」となっている、典型的な共依存の構造です。

マリドマの父親が、苦しむ息子に手を差し伸べることができず、立ちすくんでいる時、息子は、本来守られるべき父親に守られず、むしろ、見捨てられていることになります。

親である父親も、子どもの頃に守られた体験が少ないのかもしれません。

大事なことは、親は親であること、子は子であることです。

「どっちが親なのか?」と厳しく問いかける、西アフリカの部族の長老の言葉は、家族療法やインナーチャイルドワークの理解から捉えても、非常に的を得ています。

親が自分たちの夫婦の関係性を子ども達にわかってもらいたいと望むことや、夫や妻としての立場を無意識に降りて、本来の居場所に穴を開けることで、家族内でエネルギー的な不均衡が起きると、子どもは子どもとしての場所に立つことができなくなります。

家族のエネルギーの不均衡をバランスするために、子どもたちは穴の空いた立場に、自分をフィットさせようとするからです。

つまり、子が、無意識に父や母の役割を演じたり、祖父母を演じたりする、役割の誤解が生じるのです。

これは、機能不全を起こした家族の典型的な構造で、共依存や中毒との関わりが深いことは当然ながら、原因のわからない精神疾患、不登校、引きこもりと呼ばれる社会問題、犯罪被害や加害とも深く関わりのあることです。

家族療法の基礎を作り上げたことで知られている、アメリカ人の精神科医マレー・ボウエン(1913-1990)が、統合失調症の息子の相談に来た家族全員を入院させたことは有名です。

機能不全の家族で生じる役割の誤解は、親の離婚や死別とは本来関係がなく、親が物理的に不在であっても、その親が精神的に尊重されていたら、子どもは安心して子どもでいられます。

ですが、親や養育者の心理的不在(居るのに親として寄り添えない、物理的不在であることが他の家族から軽蔑されている)が生じると、子どもは不在の親の代わりをしようとしたり、その不在の穴埋めをしようと、無意識に立ち回り始めます。

そんな時、子どもは早くから大人にならなくてはならず、守られることを知らないまま、生き延びていくことで精一杯のサバイバーとして大人になってしまうのです。

※この文章を読む際の留意点
虐待の定義は、身体的、精神的、性的、ネグレクトと言われていますが、サバイバーの傷は、外部から見えやすい定義可能な虐待だけが原因とは言えません。ハートエデュケーションセンターでは、外部からはわかりにくいケアされない痛み、つまり、親が子の感情をネグレクトすること、バーストラウマ、機能不全家族の問題、家系から受け取ってきた負の連鎖なども、サバイバーを生み出す原因であると考えます。

※この記事は、過去のFacebookページの投稿を加筆修正しています。

ライター
  • 川村法子 2018年2月8日川村法子
    ハートエデュケーションセンター、Pranava Life代表。これまでに不登校、ひきこもり、心身症、アレルギーなどの身体の症状、依存症、DVや小児期の虐待(身体的、精神的、ネグレクト、性的)によるPTSD、関係性の問題、お金や仕事の問題などを、解決へと導いてきた…