21.2.14

「子どもたちは無意識の世界を生きている」という事実は、心理学者や、幼児教育の専門家たちにとっては当たり前のことかも知れませんが、実際に子育てに関わる大人たちのほとんどが、そのことを知りません。

また、言葉では聞いたことがあっても、実際、それがどのような意味なのかは理解していない人たちもいるでしょう。

子どもたちは、「小さな大人」ではありません。

つまり、子どもの意識とは、大人の意識とは全く異なっていて、より全体に属しています。

全体とは、集合のことです。

子どもたちは、まず、自分である前に、母親そのものであり、父親であり、家族そのものの抱える無意識なのです。

身体の成長と共に、私たちの精神で生じていることは、自我の確立です。

自我の確立とは、つまり、全体を離れて、個であるという意識の芽生えです。

「私は一人である」という自覚が、精神発達の過程で生じていくことが、健全な自我の発達と言えます。

逆を言えば、身体が成長して、一人暮らしをしたり、自分の家族を持ったりして、形式上は原家族を離れても、原家族の集合意識から離れられず、自分らしい人生を送ってないのだとしたら、その人は大人になりきれない未熟な子どもを生きているのであり、健全な自我が発達してるとは言えません。

食べ物という愛

サバイバー回復レポートで書いてきたように、ACEスコア(小児期逆境体験スコア)が4というハイスコアの私は10代から20代にかけて、身体の様々な症状に悩みながら、精神的にも不安定な時期を生きていました。

ですが、多くのサバイバーがそうであるように、サバイバーたちはその状態しか生きてこなかったため、それ以外を知りません。

私は、本を読んだり、アートに触れたりしながら、不器用に自分自身の輪郭をなぞりながら、その歪さに違和感を感じてきました。

また、人間関係の数ある痛みの中で、何かがおかしいと自分に疑問を持ってきました。

そして、暗闇の20代をすぎて、30代のはじめに、ようやくセラピーに出会い、1年半から2年ほど経った頃、静かに衝撃的な記憶が蘇ってきました。

インナーチャイルドワークの1年以上の継続はとてもパワフルで、すでにその頃、私の人生にはたくさんの希望が見えてきていて、この道で間違いないという確信がありました。

そんなある日、何気なく、キッチンでお皿を洗いながら、当時まだ2、3歳くらいの娘に手作りおやつを作ることを考えていました。

おやつを手作りできることは、私の喜びでもあり、大切な時間でした。

「私にとって、食事を手作りするって、とても大切なことなんだな」とただ納得したその時、私が、6歳くらいまで、母の手作りの食事を、ほとんど食べたことがなかったという事実が浮かび上がりました。

幼稚園のお弁当は唯一母が作ってくれていた記憶がありますが、母はお弁当作りをとても嫌がっていて、出来上がったお弁当はお世辞にも美味しいとは言えませんでした。第一私は、幼稚園を途中でやめていて、実質、数ヶ月しか通っていないため、母のお弁当を長く食べていた記憶もありません(この記憶も、セラピーの過程で浮かび上がってきた事実です。)。

母の料理に対する苦手意識や罪悪感が、お弁当箱の中に充満していたのか、私は、お弁当をみんなの前で開けることが嫌で、蓋を立てて、中身を隠して食べていました。

とても惨めだった記憶があります。

「作ってくれるだけありがたいと思え」と言われればその通りですし、「飢えている子どもがいるのに、贅沢な話だ」と言う意見もあるかもしれません。

ですが、それは、セラピー的な一瞥ではありません。

自我が形成される前の全体を生きている子どもにとって、親の気持ちは自分の気持ちですし、親が与えてくれるものは愛そのものです。

だとしたら、親の料理への恥や罪悪感、嫌気によって出来上がる食事を、子どもは恥と罪悪感と嫌気の塊として、飲み込むことになるのです。

つまり、第三者が判断する「十分に良いお弁当」だとか「ひどいお弁当」だとか、「可愛い」とか「可愛らしくない」だとか、「栄養バランスが良い」とか「栄養が足りない」「量が多い」「量が少ない」ということは、セラピー的には問題ではなく、料理を作る親のBeing(在り方)そのものと、子どもがどう感じているのかが、とても大切なのです。

と思うと、食事のネグレクトをされてきたわけではないとしても、親が食事にネガティブな気持ちを持っていたとしたら、十分にそれは、子どもにとっての傷となり得ます。

私は、十分に食べさせてもらったし、お弁当を作ってもらえなかったわけではないのです。

ただ、お弁当に詰まった母の恥と罪悪感を愛として食べてきてしまい、お弁当以外の食事は、母が作ったものではなかった、つまり、恥と罪悪感以外の食事を、6歳までは母からは与えられなかったのです。

 

親は与えないことで、与えてくれていた

私は6歳頃まで、母の実家で祖父母たちと同居していました。

母の実家には、祖父と祖母、祖父の姉である大叔母がいて、料理好きの祖母と大叔母のおかげで、食卓は豊かでした。

実家に住んでいる娘としての母が、料理が苦手なままだったのも当然です。

祖母たちは、娘が料理をすることをさほど望んではいなかったようですし、母は働いていました。

私だって、その状況であれば、同じように親の作る料理を我が子と一緒に、何の疑問もなく食べていたかもしれません。

想像ですが、母は「お弁当くらいは作らないと」と自分の親に気を遣いながら、娘である私にお弁当を作っていたのかもしれません。

若かった母の状況に、深く共感します。

インナーチャイルドの傷を認めるのは、親を責めることではありません。

親には、それしかできなかったのですし、過去は変えられません。

キッチンでお皿を洗っていた時、小さな頃の食べ物に関する記憶の点と点が繋がって、自分に生じていた事実が線として浮かび上がりました。

そして、それが、私の中の漠然とした不安の正体だとわかりました。

時折食べる母の恥と罪悪感の詰まったお弁当と、それ以外に母から手作りの食を与えられなかったことで、幼い私は、愛に飢えてしまっていたのです。

また同時に、どんなに忙しくても、私にとって料理を作ることが、大切な心の健康のバロメーターであることにも、納得しました。

5歳頃、母の仕事先に、ご飯と卵焼きを入れたお弁当を届けたことがありました。

母はとても喜んでいた記憶があります。

当時、祖父がお砂糖の入った甘い卵焼きの作り方を教えてくれました。

台所で卵を焼いている楽しそうな祖父の顔を思い出します。

祖父に習って焼いた黄色い卵焼きをぎゅうぎゅうに詰めた温かいお弁当を持って、母の職場にスキップして行った小さな私を思い出します。

母が、幼稚園のお弁当を作れなかった日は、祖母が代わりにお弁当を作ってくれました。

主婦歴の長い祖母のお弁当は、とっても色鮮やかで、ぶどうも入っていて、私は、自慢げに祖母のお弁当を開いた記憶があります。

大叔母の作るクッキーやシュークリーム、重厚なガスオーブン。

大好きだったテレビアニメ「スプーンおばさん」の焼き林檎が食べたいと言ったら、大叔母は焼き林檎を作ってくれました。

「思った味とは違った」と思いながらも、自分のリクエストが叶えられたことに、私は満足しました。

私が、6歳をちょっと過ぎた頃、そんな母の実家から、父の実家での生活に移りました。

姑との生活で、母は、積極的に料理をするようになりました。

母の洋風の料理はとても美味しくて、私は、やっと母の手料理を食べられたことが、嬉しかった記憶があります。

父方の祖母も、昔ながらの料理をたくさん作ってくれました。

仕事がら父が持って帰ってくる新鮮な魚や果物もたくさんあって、お金の苦労は随分あった家でしたが、食卓は賑やかでした。

街中にあった母の実家と違って、山側の父の実家は、子どもがのびのび遊ぶこと、たくさん食べることが大事とされていて、親戚が集まると、子ども天国で大にぎわいでした。

この雰囲気は、今でも父方の親戚の家にあって、我が家の子どもたちも、年に1回、帰省するときは、田舎の子ども天国的な雰囲気をとても楽しんでいます。叔母の作る料理が、とても美味しいのだと言います。

とは言え、ACEハイスコアの私にとって、育った環境が健全だったとは言い難いのです。

大人たちのタバコやお酒の中毒、関係性の中毒、お金や仕事への不安などなどは、家族の中に蔓延していました。

小さな私は、中毒や不安のエネルギーと同時に、食を通して、生きていくための愛を受け取ってきたのでしょう。

受け取ってきたものにフォーカスする

ファミリーコンステレーションのワークショップの中で、私には精神的に両親が不在だったことが、明らかになったことがありました。

それまでも、父の不在や孤独、罪悪感、母の関わりの浅さや麻痺、逃避による機能不全家族に育った一人っ子の私の傷については、インナーチャイルドワークを通して見てきていたつもりでした。

ですが、インナーチャイルドワークという感情的理解の視点とは違い、家族システム(影響し合う家族関係)から、この事実を明らかにすることは、家族の中にある無意識の力動を変化させる強烈なパワーがあります。

「この状態では、あなたがここまで生きてこれたはずがない。あなたには、必ず他の大人の愛が注がれていたはず。」と、私のファミリーコンステレーションのティーチャーが、私に生じていた事実を見抜いて言葉にしてくれた時、私は、祖父母、大叔母、伯父、叔父、叔母など、幼い私の側にいてくれたたくさんの大人たちへの感謝とともに、涙が溢れて止まりませんでした。

インナーチャイルドワークやトラウマ療法という自我ワークは、<自分が受け取ってこなかったこと>や<傷ついてきたこと>にフォーカスを当てることから始まります。

ある段階まで、それは、家族の粗探しのようで、どこか、親を責めているような行為にも思えます。

ですが、ハートエデュケーションセンターで繰り返しお伝えすることは、「インナーチャイルドワークは親を責めるワークではない」ということです。

もし、親を責めている自分に出会ったら、それは、アダルトチャイルドがやっていることだと認識して、さらにその奥に意識を向けていく必要があります。

アダルトチャイルドたちは、恥の意識でいっぱいで、自分に生じた痛みと自分を同一視しています。

出来事と感情をしっかり分けることができるようになると、過去の自分に生じたことを責める必要は無くなります。

「それは、ただ残念なことだった」と、事実を否定せず、過去にOKを出す感覚こそが、許しです。

そして、むしろ、過去の傷を見つめていく時、<受け取ってきたもの>に気がつきだします。

幼い私が母の手料理をあまり食べていなかったことや、唯一の母の手料理であるお弁当に恥と罪悪感が詰まっていたことは、残念なことでした。

ですが、それによって私は、祖母たちの手料理がとても特別に感じられましたし、今の私の「食を大切にしたい」と思う気持ちにつながっています。

母がお弁当には彩りが大切なんだと気がついたのは、私が4年生のときでした。

急にお弁当作りの腕を上げた母の口からは、それ以来、お弁当作りが大嫌いだという小言は聞くことはありませんでした。

ですが、私は、高校生になっても、お弁当を食べるのは好きではありませんでした。

私の無意識には「お弁当は美味しくない」という思考の溝が掘られているのかもしれません。

幼い頃に親から受けとってきた愛の形(ex.お弁当は嫌なもの)は、簡単には変わりません。

そんなお弁当の傷を持った私ですが、東京で一人暮らしをしていた学生時代、毎日学食に通う私の傍らで、実家通いのクラスメイトが毎日お母さんの作ったお弁当を美味しそうに食べていたのを、不思議に眺めていた記憶があります。

彼女のお弁当は、いつも可愛らしくて、お母さんの愛情がたくさん詰まっていました。

今、娘のお弁当を作りながら、時々その記憶が蘇ってきます。

愛おしさとともに、娘に美味しく食べてもらいたいとお弁当を作りながら、もしかしたら、彼女のお母さんも、こんな気持ちでお弁当を作っていたのかなあと想像しています。

私は、本当はこんなお弁当を食べたかったのかもしれません。

学生時代に目撃した友人のお弁当は、私のインナーチャイルドがそれまで知らなかった世界を知った時のような驚きと希望が詰まっていたのでしょうね。

姑とともに長く生活した母は、料理の腕をメキメキあげて、私の色々なリクエストに答えてくれるようになりました。

当たり前のように食べてきた母の食事ですが、とても美味しかったな思います。

今、あれが食べたい、これが食べたいと、朝から注文の多い息子たちのリクエストに答える時も、私は密かに喜びを感じています。

子どもたちが、食に満足しているのは、私にとって喜びです。

今日は、バレンタインデーでした。

残念ながら女の子からチョコレートをもらわなかった上の息子ですが、バナナチョコマフィンを作ったら、「味は普通」と言いながらも、夕食後なのに嬉しそうに何個も頬張っていました。

大好きだった大叔母のガスオーブンの思い出から、我が家はガスオーブンを使っています。

グルメな父は、よく、美味しいレストランへ連れて行ってくれました。

買ったばかりのソフトクリームを転んで落としてしまった私に、「また買ってきなさい」と言って、優しくお金を渡してくれました。

父に見捨てられたという幼少期の傷がある私ですが、食を通して、父の愛を感じてきたのも事実です。

私にとって食事は、母の愛でもあり、父の中の「育む母性」とのつながりでもあります。

私の夫は、こだわりの料理を子どもたちへ提供します。

パスタ、チーズトースト、たこ焼きなど、ちょっとジャンクな料理ですが、パパの味は絶品で、子どもたちは、いつも美味しそうに食べています。

ママとは違うスペシャルな美味しさがそこにあるようです。

私と夫がそれぞれに<食という愛>を子どもたちへ与えていることに、私のインナーチャイルドは、深い安心と喜びを感じています。

これは、私が幼い頃に体験したかったことであり、今、叶えられていることです。

人にとって、食は、生き延びるための餌ではなく、滋養に満ちた豊かな愛です。

それは、全体という無意識を生きる子どもたちが、親が与えてくれるものは全て愛として受け取るという習性に由来しています。

私たちは、食を通して、どんな風に愛を受け取ってきたでしょう。

食にまつわる記憶を精査することは、私たちの愛の真実に気がつくことです。

ハートエデュケーションセンター
川村法子