21.2.9

サバイバーたちが、親を正当化せずに、事実をありのままに見つめることは、セラピーを進める上で何よりも大切なことです。ですが、多くのサバイバーたち、いや、良識的な大人たちのほとんどは、「親には感謝している」「親を尊敬している」と言います。

それはとても大切な態度であり、そうなることは、成熟した大人のあり方でもありますが、もしそれが、真実をみないままの偽りの態度、すなわち防衛だとしたら、本人たちの現実は、とても生きづらいものになっているはずです。

わかっていたとしても、現実が生きづらければ、本当にわかっているとは言えません。

肉体、お金、仕事、住居、着るもの、食事の仕方、愛のある関わり、子どもたちの笑顔や健康という、とても当たり前の現実にこそ、癒しは現れます。

ジェットコースターの日々

自分がトラウマサバイバーだと気がつき、セラピーを始めたのは30歳になったばかりの頃でした。

それまでも、いくつかのヒーリングワークやカウンセリング、瞑想を受けてきましたが、その時は効果的でも、時間が過ぎると、やはり、同じことを繰り返し、自分の心が安定していないことに、疑問を感じる日々でした。

本を読んだり、信頼するセラピストたちの話を聞くと、とても納得し、自分が賢くなって、わかったような気になるのです。

資格を取ったり、学びを深めたりする中で、確かに気づきもたくさんあり、世界の見え方は広くなりました。

ですが根本的には、自分の人生はよくなったように思えませんでした。

自尊心が傷つくような出来事がハプンしては、数日〜数週間悩み続けて、ある気づきに至り感謝の気持ちが生じる。

すると、何かがひらけたように見えて、まるで真実を知ったかのように思える。

ですが、しばらくすると、また同じような出来事が生じるのです。

まるで、ジェットコースターのような日々でした。

上がったり、下がったり、両極に振れる日々は、むしろ、ただ沈んでいる日々よりも、体力と精神力を消耗するようで、私は、心身ともにずっと疲れていました。

インナーチャイルドセラピーに出会って、癒しが生じるたびに、そんなジェットコースターのような人生に、凪のような平和な瞬間が増えていくことを発見しました。

それは、とても驚きの体験でしたし、ただセラピーをやり続けるしかないと、様々なヒーリングワークの学びの傍らで、私は、約5年ほど、セッションに通い続けました。

その間に、私の体はどんどん健康になり、夕方には疲れてキッチンでしゃがみこんでいるということもなくなり、長引く風邪もひかなくなり、冷えも改善して、便秘症はなくなりました。

前回のレポートに書いたように、今では、あれほど悩んでいた頭痛もほぼ改善しています。

同時に心の状態は、凪が続いています。

人生には上がったり、下がったりのリズムがある

人生に、一定の安定があるわけではなく、私たちの内面、行動、生体的なリズムには、日々、瞬間瞬間、あらゆる変化が生じます。

そのことに深く納得します。

忙しくしている時もあれば、比較的ゆったりとしている時もある。

行動したいと思う時もあれば、今はやめておこうと思う時もある。

みんなと過ごしたい時もあれば、一人で過ごしたい時もある。

嬉しい時もあれば、怒る時もある。

そのようなリズムは、人の健康な生命活動にとって必要なものです。

ですが、そのことは、忙しい時はパーティ三昧で、そうじゃない時は朝から布団をかぶって「死にたい」とつぶやいている状態とイコールではありません。

また、気分がよければお酒でハイになって、そうじゃない時は、誰とも話したくないと閉ざしている状態ともイコールではありません。

人生は、スリルに満ちたジェットコースターである必要はなく、内側の奥深くに、一定の安定性が感じられる状態も存在します。

その揺るがない一定のリズムの内的状態が確立されていなければ、むしろ、健康とは言えません。

多くのサバイバーは、その状態を知りませんし、むしろ、人生とは、ジェットコースターのようなものだと勘違いしています。

また、感情のリズムについても、ハイとローの極に振れ続けることが、感情の真実だと思っています。

サバイバーたちは、大人から感情の扱い方を習っていませんし、そのことを理解できないのは、しょうがないことです。

そして、むしろ安定した人たちを見ると、つまらないと感じたり、軽薄で、何も考えていないのだと思いがちです。

自分の両極端な感情の波や、思考の複雑さこそが、奥深い人間であることの証拠で、自分は優れているのだと思っていることもあります。

ですが、癒しが進んでいくと、扱えないほどの大きな感情の波や、複雑な思考は発生しにくくなり、むしろ、意味のない会話を楽しむことができて、自分の考えにこだわることが少なくなります。

これまで「感情的な会話ができないからつまらない」と避けてきた人たちが、実は、むしろ、心の傷が少ない健全な自我の持ち主であることにも気が付き始めます。

ああだこうだと、感情のアップダウンの話をする必要性が少なくなる一方で、相手への共感と自分自身の深みは増し、生じたことを感情的に周囲にばらまき続けることも少なくなっていきます。

30代前半から私自身が受けてきたセラピーも、回を増すごとに、私の吐き出しは少なくなり、最後の方は、時間も短くなり、簡潔に済む事が多くなりました。

豊かなハートの大地

今、セラピーをお伝えしながら、感じることは、言葉とはエネルギーだということです。

つまり、抑圧されて溜め込んでいるエネルギーが多いと、とにかく言葉が増えます。

ですから、癒しが進み、気づきが増すと、語らなければいけないものは少なくなっていきます。

逆もあり、抑圧したまま吐き出すことを恐れているときは、もちろん言葉は少ないままです。

まずは、とにかく、吐き出す必要があります。

吐き出せるようになるまでは、人によって差はありますが、やっと吐き出せるようになったら、定期的なセラピーや瞑想の場で、エネルギー的な吐き出しを継続していくことが必須です。

また、安心して吐き出せる場所を持っている人たちとの会話は、その奥深くに、柔らかなハートのスペースと、深い呼吸のリズムがあって、その場が、ある種の守られた安心できる場に変化するのを感じます。

ハートのコヒーレンス状態(一貫性、周囲との調和)が起こるのですね。

私がそうであったように、サバイバーたちが、人生の複雑さと苦悩をなんとか解決しようとして、学びに耽り、結果、自分の人生の複雑さをそのままに、機能不全家族の子どもを生き続けてしまっていることが、とても残念でなりません。

その知恵も、あの学びも、その資格も、あの経験も、健全な自我にとっては、とても意味のあるものです。

ですが、健全な自我がなければ、何もかもがぬかるんだハートの大地に沈んでいってしまいます。

一人でも多くのサバイバーが、そこはぬかるみで、幸せな状態ではないと気が付きますように。

一人でも多くのサバイバーが、そのぬかるみから出てもいい、出ても自分を傷つけてきた両親の子どもでいていいと理解できますように。

一人でも多くのサバイバーが、そのぬかるみから救出され、しっかりとしたハートの大地の上にたち、太陽の光を浴びて、雨の恵みを受け取って、豊かな大地という、自分の人生の舞台を耕していけますように。

ハートエデュケーションセンター
川村法子