子ども時代のどこかで、母親を助けようとしたことはありますか?それはなぜですか?子ども時代のあなたは、母親をどんな風に見ていましたか?自分が望む方法で親から愛をもらえなかったことで傷ついている子どもたちは、愛をもらうために、今度は親を助けようとします。それは、世話が受けられないなら、世話をすることで愛をもらおうとする、愛獲得の戦略です。ですが、その戦略は、私たちが、おとぎ話の世界に住んでいる時代の、あまりにも未熟な、そして、幻想的で無意識的な段階でなされるので、自我を構築する過程で、非現実的だと判断され、どんどん無意識化に追いやられます。親から暴力を受けて育った子どもが、大人になった時に暴力によって愛する人と関わろうとする戦略が、理にかなっているとは誰も思いませんよね。本人ですら、しっかり暴力に苦しんでいるのです。でも、無意識では違う可能性があります。彼らの内側の小さな子どもの意識は、暴力を親との関わりだと勘違いしているのですね。

残念だけど、私は、お母さんを苦しみから救うことはできない。

むしろ、幼かった私が、大人の苦しみの肩代わりをしていたこと(させられていたこと)は、残念な事実だ。私は、本当は保護されるべきだった。

肩代わりすることで母親とつながり、愛をもらえると思っていたのは、幼い私の愛の勘違いだ。

母親の人生を尊重しよう。

母親の人生がどんなものであっても、私はその母親の子どもでいられる。

そして、私は、成熟した大人として、自分のことを選択していっていい。

子ども時代に、親から適切な形で愛をもらえなかったことは残念だったけど、大人の私は、私こそが、私を愛することができると知っている。

LOVE♡ハートエデュケーションセンター