HEセンタープレゼンツ
〈インナーチャイルドの視点から“不登校”を語ろう!〉

“ハートの教育”を目指し提供する、「ハートエデュケーションセンター」のセラピストが、ひとつのテーマをもとに語り合います。
今回は〈不登校〉についてお届けします。

 

川村=川村法子(Isha)
Yさん=養成講座受講中のセラピスト
事務局A=オンラインハートカレッジ事務局Asami(インタビュー&文)

 

事務局A=HEセンター オンラインハートカレッジ事務局です。
最近よく耳にする〈不登校〉という言葉。私が子どもの頃に比べても、すごく増えているように感じます。実際に講座を受講されるママの中にも「子どもが不登校で…」と悩んで通われる方も多いです。インナーチャイルドと〈不登校〉、何か関連していることはあるでしょうか?

 

川村=あると思います。
私の子どもも、今年学校に行けなくなってしまった期間があるので、実体験としても感じています。
私は「学校に行くことがすべて」とはもちろん思っていないですし、今はさまざまな学びの方法が増えていますよね。「学校は行かなきゃいけないところ。だから行きなさい!」ということも違うと思うし、でもだからって「学校が悪い!学校はダメなところ!だから行かなくていい」という親の態度には疑問を感じます。だって、子どもは悩みやつらさを実際に抱えているわけだから。
「学校はダメなところ」としても、子どもにとっては何の解決にもなっていないわけで……。やっぱりそこは子どもに何が起きているのか、親自身がそのことをどのように感じるのか、丁寧に見ていく必要があるんじゃないかと思うんです。
もしかしたら親が抱えてきた〈学校にまつわるトラウマ〉から学校を否定しているのだとしたら、何か違う方向に向かってしまう可能性だってありますよね。

 

Yさん=それはすごくよく分かります。
うちの息子は小学校2年生の頃から、徐々に不登校になっていきました。学校や友達とトラブルがあったというわけでもなく……。つられるように娘も1年生の時に不登校になりました。
私自身が学校に対してあまり良い印象や記憶がないし、不登校になって「行かせなきゃ」と焦るよりも、安心した気持ちもありました。
今思うと不登校になったのは、<私が学校と関わりたくなかった>ことも大きかったんじゃないかな…と思うんです。自分の中の傷ついた子どもの部分を、実際の子どもたちに重ねてしまっていたような気もします。

 

事務局A=川村さんの子どもは今は学校に通い、Yさんの子どもたちは昨年の4月から急に学校に行き始めるようになったそうですね。

 

Yさん=行ったり行かなかったりという感じだけど、私の学校に対する感じ方が随分変わりました。
「学校に通っているのは私ではなくて、子どもたちなんだ」と、自分と子どもの間にきちんと境界線を引けた感覚があります。また、子どもたちに対しても、すべての出来事から守ってあげるだけではなくて、良いことも悪いと感じることでも〈体験する〉機会を奪ってはいけないなと、しっかりと地に足をつけて現実と向き合えるようになってきました。

 

川村=その感覚はとても大切!
うちの子どもの場合は今思うと何年も前から、学校の先生やクラスメートとの間に「違和感を感じるようなことがある」と、私にちょこちょこ訴えていたんですよ。だけど、私自身が“先生”や“学校”としっかり向き合えるというような感覚がまだ育っていなかったんです。だからきちんと対処してあげることができなかった。だけど、いよいよ子どもが学校に通えなくなって、覚悟を決めて夫と共に学校に何度も出向きしっかりと対話したんです。
「モンスターペアレンツだと思われたらどうしよう」という恐れもありました。だけど、疑問や不信に思ったことは見て見ぬふりをするのではなくて、子どもと同一化した感覚からでもなく、子どもを保護する成熟した親、自分の中のインナーチャイルドも保護してあげるような感覚で、相手を責めるのではなく自分の意見を学校に伝えることができたと思います。そうしたら、子どもはケロッと学校に通い始めました。

 

事務局A=親自身が子どもに憑依してしまうような愛ではなく、学校と自分を比べて「意見は言ってはいけない。波風を立ててはいけない。そんなことをしたら大変なことになってしまう」という恐れから見て見ぬふり(感じないふり)するやり方でもなく、やっぱり自分の子どもと自分に今何が起きているのかをしっかりと感じることが大切なんですね。

 

川村=ですね。また、不登校は<肥大化した母性>もすごく関わっていると思います。
自分自身が育った環境の中で、父親が忙しくて家にいなかったとか、居ても家庭と関わろうとしなかったり、今で言うとワンオぺ育児とか、<不在の父性>を体験して育った場合、出産した後に<肥大化した母性=グレートマザー>を抱える女性は多いかと。
〈肥大化した母性〉は家庭の中から父性を排除しようとします。もしも「男なんて!」という口癖があったとしたら、そもそも父性を認めていないという問題が隠れているかもしれません。女性性の傷の中には「男は必要な時にいない」というものがあり、男性性の傷の中には「僕は役に立ちたいけど、期待されているようにはできない」というものがあります。この傷があると、互いにフックがかかってしまう状態になります。
<肥大化した母性>を抱えると、子どもの物理的なお世話だけでなく、子どもの感情のコントロールまで無意識にすることがあります。浸食するような形の愛になってしまい、子どもと自分の境界線が曖昧になってしまうんですね。
すると、子どもは親の期待に応えようとします。だって、子どもはそうしないと生きていくことができないから。「母親の感情の責任は自分自身の言動にある」と思い込み、「自分がどう感じるか」ということよりも「お母さんはどう感じるか?」「どうしたら満足して喜んでもらえるか?」ということが生きる核になっていくんです。
もしかしたら男の子に不登校が多いのも、家庭の中で<不在の父性>の身代わりを演じようとしている、なんてことも考えられると思います。

 

Yさん=私も<肥大化した母性>を抱えながら、子どもにも夫にも接していたと思います。でも、そのような家族の関わり方しか知らなかったんですよね…。
インナーチャイルドワークを学び始めて、「あれ?私、愛の勘違いをしていたのかな?」って気がついて、まずは自分の中のインナーチャイルドを保護し続けました。
家族を飲み込むような愛ではなくて、本来あるべき「母」の立ち位置に自分が立てるようになったら、実際の家族の関係がガラリと変わって風通しが良いものになりました。

 

事務局A=実際に、川村さんとYさんの学校に関するインナーチャイルドとの出会いの体験も教えてもらってもいいですか?

 

川村=思い出すことは、私も自分の子ども同様、先生やクラスメートとトラブルというか、コミュニケーションがうまくいかないことが小学生の頃に起きていたということです。
当時、母親に「学校に言って」とお願いしたんです。母は「分かった、学校に言うね」と言ってはくれたのですが、結局、実際に言ってくれたことはなかった。子どもはこのような出来事に対してとても落胆しますよね。
「学校が嫌い」なのではなくて、関わってくれない親の態度に落ち込み、「言う」と言ったのに嘘をついたことに対して悲しみや怒りを抱えていたのだと思います。ですから先日、子どものことに関して私が学校に意見を言えたことは、私が私自身の傷ついた子どもを保護したことにつながっていると思います。
ちなみに、母に頼ることができないという幼少期の経験から、私は「自分ひとりで頑張る!」というアダルトチャイルドが多分に育ちました。インナーチャイルドワークを学び始めた頃は、「頑張り過ぎる自分との和解」をよく行っていましたよ。
そもそも<肥大化した母性>を抱えている女性は、本当の母性を知らないのだと思うんです。今では随分意識的になりましたが、私ももちろん<肥大化した母性>を抱えています。
母性と父性については結構複雑で深い話になります。また、インタビューシリーズのなかで少しずつ話していけたらいいですね。

 

Yさん=私自身も「学校」そのものというより、学校の友だちとの間でいつも悩みを抱えていました。
小学生時代の私は、友だちにまったく「嫌」と言えませんでした。だからいつも友達の言いなり…。パシリに使われたり、からかわれることもよくあったけど、「やめて」という代わりに愛想笑いでしのぎ、その場をごまかしてきました。だから放課後は友だちと遊ぶのが苦痛でしかありませんでした。
親に「友達と遊びたくない」と訴えても、「友達は大事だから」と話を聞いてもらえなかったので、そのうち友だちに関する悩みは話さなくなりました。遊びに誘われると「早く帰る時間になるように…」と考えながら遊んでいました。
その頃のチャイルドと出会ってみると、その子は自分のためではなく、“親や家を背負って友だちと関わろうとしていた”ことが分かったんです。実家は自営業でしたから、近所付き合い、周りとの関係を重んじてきました。

•親を安心させるために、友だちと仲良しのふりをしてきたんだね。
•いっぱい悩んで一人で我慢して、頑張ってきたんだね。
•あなたが苦しんでるのに気がつかなくてごめんね。
•それから、家のこと、親のこと、あなたに背負わせてごめんなさい。
•友達と関わりたくても、言いなりになる以外、どう関わればいいか当時は分からなかったよね。
•これからは、親のためではなく、あなたの心が喜ぶ関わり方をしていいよ。
•嫌なら「やめて!」と言っても大丈夫だよ。
•友だちと心地良い関係を築いていけるよう、ママも見守っていくよ。

こんな感じでインナーチャイルドに声をかけたら、肩の荷が降りていくのを感じ、安心して友だちの元へと遊びにいくイメージが湧いてきました。

私の中にはずっと<対人恐怖>がありました。
友だちとの関係性に「親に認められたい」「親に愛されたい」という戦略を持ち込んだために、友だちとの関係性をより複雑にしていたのかもしれないと、出てきてくれたインナーチャイルドから教えてもらいました。
小学生の頃から自分を取り繕って生きてきたので、「自分に正直である」「自分に正直でいていい」というのは、これからも私にとっての大きなテーマだなーと感じています。
子どもたちに関しても、不登校状態から学校に戻ったので、友だちとの関係を心配していましたが、それぞれ無理なく心地よい友だち関係を築いているようです。

 

事務局A=お二人ともありがとうございました!!
話を聞きながら、とてつもなく大きな<肥大化した母性>を私の内側に感じました…。
また、私は「日本の学校教育は間違ってる!」などの怒りがこみ上げることがあり、学校に対しては懐疑的なイメージもありましたが、学校の学び自体は楽しかったことを思い出しました。嫌だったことは、先生が可愛い子や目立つ子ばかりひいきすること、明らかにいじめが起きているのに見てみぬふりをしたり、人によって態度を変えたり、差別を行う大人<教師>の姿だったのだと思います。
きっと、絶望、無力感、怒り、悲しみなどさまざまなことを感じながらも、やっぱり私も両親には相談できなかったなぁと思い出しました。じっくり、このインナーチャイルドに出会っていこうと思います。

 

みなさんは〈学校〉にまつわる、どんなチャイルドを感じますか?

 

次回のインタビューは〈美しさとインナーチャイルド〉を予定しています。
お読みいただきありがとうございました。