《怒りの3つのステージ》

怒りは、一筋縄で語ることはできません。何層にもわたる理解が必要とか、多角的な視点が必要と表現できるかもしれません。

以下は怒りの3つのステージです。

あなたはどの怒りのステージにいるでしょうか。

1)二次的感情としての怒り
怒りとは、どこまでいっても、二次的感情だと言えます。つまり、それは防衛で、怒りの奥には、惨めさや、悲しみ、孤独など、認めたくない感情があって、それらを隠すために怒りを使っているんですね。防衛に使われる怒りは、イライラや暴言、暴力などとして現れますが、どれだけそれを振りまいても、解消することは難しく、一旦おさまっても、また同じようなイライラや暴言暴力に自動反応して、自分でそれを止めることはなかなかできません。イライラや暴言暴力を止めたいならば、その奥にある認めたくない本当の感情を認める必要があります。

2)真のパワーとしての怒り
怒りを扱うための次のステップは、真の怒りを取り戻すことです。真の怒りとは、イライラや暴力暴言ではなく、純粋なパワーであり、生命の力、クリエイティブな力のことです。そのためには、やはりどれだけ本当の感情と向かい合えるのかという、自分自身の内的な器作りが課題となります。虐待者の怒りに怯えてきたサバイバーたちが、自分の怒りを恐れず、取り戻すことは、大切な癒しのステップの1つであることが、その事実を明らかに示しています。

3)愛という視点からの怒り
真の怒りを取り戻した後、私たちは、ようやく自分のために悲しむことができます。怒りを取り戻す前の悲しみは、自己憐憫でしかなく、それはサバイバーを負のスパイラルに陥れます。ですが、怒りを越えた後の悲しみは、自分自身を包み込む愛です。つまり、真の怒りの後にやってくる悲しみから、私たちは、自分を包み込む愛、慈悲へ繋がることができます。その柔らかく大きな愛、慈悲の中に包まれた時に、きっと、ここにある聖者の言葉をハートで感じられるかもしれません。もうその出来事で、怒りを抱えて、自分を罰する必要はない。その事実は、ただ生じた出来事で、不幸なことだった。怒りから悲しみへ入ることができたら、私たちのハートは慈悲で満たされ、自動的に許しの状態に誘われるはずです。

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